引退セレモニーが予定された試合はぼろ負けでしたが、ファンは遅くなっても糸井嘉男の引退セレモニーを待っていましたね。
電車もなくなる時刻で、ファンは帰れるのかな、と心配でしたが、阪神電車もあの時刻に臨時列車を出したようです。
さすがのファンサービスです。
自分が糸井嘉男のことで印象にあるのは、日本ハムの非情さ、薄情さです。
もう数年すればFA資格を取る選手を早めに出しておこう、という戦略が見え見えで、経営上は理解出来ても選手の立場になるとちょっとどうかな、と思ったのを覚えています。
そしてその時のこと今回の引退の記事で知りました。
下の記事ですが、そのまま貼り付けます。
直前、八木からトレード移籍の電話を受け、「新天地で頑張れ。また対戦しような」と激励した直後のことだ。待っていたのは栗山監督と山田GM(いずれも当時)。思いもしなかった通告だった。八木とともに、木佐貫、赤田、大引との交換トレード。「俺も一緒に行くことになったわって、八木にまた電話したわ」というのは後の笑い話だが、直後は頭が真っ白になった。
「自然と涙があふれた。俺がそんな姿を見せるから、監督もGMも泣いてね。みんなで泣きながら頑張って来いって」。
投手では使えない-と、挫折から始まったプロ野球人生。栄光を知り、再び絶望を見た。それでも見返してやると、オリックスで首位打者と盗塁王のタイトルを獲得。反骨心が原動力だった。
いつしか代名詞になったフレーズ。ファンの憧れ、期待に求められるまま、突っ走ってきた。「超人でいるために頑張ろうってね。自分を奮い立たせてくれる言葉だった」。
右肩2カ所に膝、左足首にもある手術痕は、限界に挑戦し続けた野球人生の勲章だ。
超人、卒業。超人、引退-。
球史に記録と記憶を残した男が、涙でユニホームに別れを告げた。
自分が中心選手で頑張った、という思いがあるから、それを追い出されるように移籍先へ、というのは、何でもないような顔をしていましたけどやっぱり悔しかったんですね。
だからオリックスでも頑張れたし、日本代表のユニフォームも着ることが出来たんだな、と思いました。
しかし残念なことに阪神タイガースに来てからの糸井嘉男さんは、ケガが続いて不運でした。
足さえケガがなかったら、もっと大活躍していただろうに、と考えると本当に残念です。
糸井嘉男さん、お疲れ様でした。
昨日の引退セレモニーには二軍からもたくさん選手が来ていましたね。
北條史也や江越大賀も参加していました。
明るいキャラクターでみんなから慕われていた糸井嘉男さん。
しかし、引退セレモニーで「超人伝説はまだまだ続きます」と仰っていたので、これからの活躍も期待しています。
お疲れ様でした。
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